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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)73号 判決

東京都足立区六月町一丁目一三番一三号

原告

瀬戸千代司

右訴訟代理人弁護士

前田齊

東京都足立区千住旭町五二番地

被告

足立税務署長

手塚三雄

右指定代理人

宮北登

田井幸男

丸森三郎

磯喜義

石川新

右当事者間の所得税更正決定処分取消請求事件について、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告が、昭和四一年四月二〇日付でした原告の昭和三八年分および昭和三九年分の各所得税の更正をいずれも取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

(原告の請求の原因)

一、原告は、塗装業を営む有限会社瀬戸塗装の代表取締役であつて、同社から給与を受けるほか、配当所得、不動産所得を有する者であるが、その昭和三八年分および昭和三九年分の各所得税について、それぞれ別表一の確定申告欄記載の日時にその記載金額どおりの所得金額および所得税額の申告をしたところ、被告は、右両年分につき昭和四一年四月二〇日付で、それぞれ別表一の更正欄記載のように原告の所得金額および所得税額を認定した更正(以下「本件各更正」という。)をした。

そこで、原告は、右各更正に対し、それぞれ適法な異議申立手続を経て、昭和四一年一〇月二九日東京国税局長に審査請求をしたが、同国税局長は、昭和四二年三月二日付で審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二、しかし、原告の右両年分の所得金額は前記申告のとおりであつて、これを超える所得はないから、本件各更正は違法であるので、その取消しを求める。

(被告の答弁および主張)

一、請求原因一の事実(本件各更正およびこれに対する不服申立ての経緯等)は認める。同二の主張は争う。

二、本件各更正は、つぎのとおり適法である。

本件各更正の総所得金額は、いずれも原告の申告した配当所得、不動産所得、給与所得の合計金額に申告もれの雑所得金額を加えたものであり、右のうち原告の争う雑所得を認定したのは以下の理由による。

すなわち、被告が原告の昭和三八、三九年分の所得について調査したところ、原告は、その知人等に対し金銭の貸付けを行ない、その利息収入による雑所得があるのにこれについて申告しなかつたことが採知されたが、原告は、右所得金額を正確に計算するうえに必要な帳簿書類等を備えていなかつた。そこで、被告は、推計により右所得金額を計算し、本件各更正をしたのであるが、原告の昭和三八、三九年中の資産、負債の増減から所得を推計する方法によつて計算すると、後記のとおり、その総所得金額は、いずれも本件各更正において認定した総所得金額を超えるから、その範囲内でした本件各更正に原告主張のような違法のないことは明らかである。

ところで、原告は、貸金業の届出(出資の受入、預り金および金利等の取締役に関する法律七条)も、貸金のための広告、宣伝等も行なつていないこと、貸付けの相手方は、原告の知人または知人からの紹介によつて貸付けを懇請された特定の者に限られ、合わせても一〇人程度にすぎないこと、貸付回数は、数名の者に対する貸付けを除くと一人数回にとどまつていること、貸付資金は、一部金融機関等からの借入れによつているが、大部分は自己の蓄積した資金によつていること、鈴木登喜夫を除いたその他の者に対しては、貸付けに際し担保権の設定を受けていないこと、そのほか、貸金管理上必要な帳簿書類等も備えていないこと等の点からみて、いわゆる金融業として金銭の貸付けを行つているものとは認められないので、それによる所得(以下「本件所得」ともいう。)は、事業所得でなく、雑所得であるというべきである。

原告の所得金額の算出根拠は、つぎのとおりである。

昭和三八年分について

(一) 資産増加額は、別表二〈1〉記載のとおり六〇六万七〇二五円である。

(二) 負債増加額は、別表二〈2〉記載のとおり三〇万円である。

(三) 純資産増加額は、右(一)より(二)を減算して五七六万七〇二五円となる。

(四) 原告が同年中に消費した生計費は、六〇万円(一か月当たり五万円)である。

(五) 原告の申告にかかる配当所得、不動産所得、給与所得の合計金額は、一一五万二〇〇〇円である。

(六) よつて、雑所得金額は、右(三)に(四)を加算し、これから(五)を減算して五二一万五〇二五円となる。

したがつて、総所得金額は、右(五)と(六)との合計額である六三六万七〇二五円となるから、本件更正のそれを超えることが明らかである。

昭和三九年分について

(一) 資産増加額は、別表三〈1〉記載のとおり一六五九万二三二九円である。

(二) 負債増加額は、別表〈2〉記載のとおり一〇〇万円である。

(三) 純資産増加額は、右(一)より(二)を減算して一五五九万二三二九円となる。

(四) 原告が同年中に消費した生計費は、七二万円(一か月当たり六万円)である。

(五) 原告の申告にかかる配当所得、不動産所得、給与所得の合計金額は、一七七万四二七二円である。

(六) よつて、雑所得金額は、右(三)に(四)を加算し、これから(五)を減算して一四五三万八〇五七円となる。

したがつて、総所得金額は、右(五)と(六)との合計額である一六三一万二三二九円となるから、本件更正のそれを超えることが明らかである。

(被告の右主張に対する原告の答弁および主張)

一、被告の主張事実中、原告が昭和三八、三九年中において貸金業の届出をしないで友人等に対し金銭の貸付けを行なつていたこと、被告主張のような帳簿書類等を備えていなかつたことは認めるが、本件所得は雑所得であるとの点およびその所得金額が被告主張のような金額となることは争う。但し、別表二、三については、そのような資産、負債があつたことおよびその金額を争わない。しかし、それが原告の純資産の変動をあらわすものでないことは後記のとおりである。

二、被告の推計計算にはつぎのような誤りがあり、合理的なものではない。

1 被告の計算は、つぎのような資産、負債の計上を脱漏している。

原告は、昭和三八年初期において三菱銀行千住支店に七〇〇万円の無記名預金を有しており、また、昭和三九年中に友人から六〇〇万円の資金の借入れをしていたのであるが、これらの資産、負債が全く計上されていない。

2 被告の計算は、つぎのような貸付金元本の貸倒れによる損失を控除していない。

まず、本件所得は事業所得である。すなわち、原告はその貸付けに多額の資金を投じ、貸付先も知人の紹介によるものとはいえ多数人にわたり、貸付回数も多く、反復して貸付行為を行なつていたのであるから、それによる所得は雑所得とみるべきではなく、事業所得と認めて何ら差支えないものである。

ところで、被告が資産として計上した貸付金のうち、つぎのものは当該年中においてその貸倒れの事実が明らかである。

(1) 左君に対する二五万円

同人は、昭和三八年末頃約三〇〇〇万円の負債を負つて夜逃げし、現在にいたるも居所不明である。

(2) 佐野肇に対する五〇万円

同人は、昭和三八年中に多額の債務を負い、同人振出しの約束手形は不渡りとなつたが、同人に対する他の債務者が昭和三九年初め頃に強制執行をしたところ無資産であることが明らかとなつたので、原告は、あえて右貸付金回収のための法的手段をとらなかつたのである。

(3) 平和事務機株式会社(吉本義雄)に対する四〇万円

同社は、実質的には吉本義雄が支配していた会社であるが、昭和三八年中に手形の不渡りを出し、同年末に財産皆無の状態となつていたのである。

(4) 手塚明治に対する六八〇万円

同人は、昭和三八、三九年頃光科精器株式会社の代表取締役をしていたが、約束手形の乱発や業務上横領をして昭和三九年一〇月頃解職となり、同年中においてすでに多額の負債がある一方、みるべき資産はなかつたので、原告は、費用倒れとなることを考え、あえて右貸付金回収のための法的手段をとらなかつたのである。

(5) 鈴木登喜夫に対する八八〇万円のうち三五〇万円

同人が昭和三九年においてすでに無資力の状態にあつたことは、その財産を国(大蔵省)によつて差押えられ、のちこれが公売されたこと、同人振出しの約束手形が不渡りとなつたこと等からみて明らかであり、原告が同人に対する貸付けの際担保権の設定を受けた物件によつて回収しえた金額を除くと、貸倒金額は三五〇万円となる。

したがつて、以上のような貸付金元本の貸倒れについては、事業所得たる本件所得金額の計算上当然控除されるべきである。

また、かりに本件所得は雑所得であるとしても、税法における所得の概念、税の目的、税負担の公平の見地より、貸倒損失の必要経費性を否定すべき理由はない。なる程、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(以下「旧法」という。)においては、雑所得につき資産損失の必要経費算入を認める明文を欠いていたが、これは法の不備であつて、現行の所得税法(以下「法」ともいう。)五一条四項は、単に旧法の右不備を補つたにすぎないものであり、この規定によつてはじめて雑所得につき貸付金の貸倒損失等の控除が認められるにいたつたのではない。

なお、貸倒れの状況にあるかどうかは、社会通念により、回収すべき債権の金額と債務者の資産、収入の状況から客観的に決せらるべきものである。したがつて、多額の費用をかけて法的手段をとれば、あるいは少額の回収はできたとしても、そのようなことは何人にも期待できないことであつて、前記のような各債務者の状況からすれば、いずれの場合も客観的に回収不能の状況にあつたものといわなければならない。

三、(本件所得に関する原告の計算)

原告は、前記七〇〇万円の無記名預金と友人からの借入金六〇〇万円等を資金として貸付けをしていたものであり、貸付金に対しては、月五分以上の利息を徴収したことはなく、貸付けは、三菱銀行千住支店の原告名義の普通預金口座を利用して行ない、必らず約束手形や小切手等によつて決済していた(但し、右預金のうちには、原告が友人にたのまれ少額の小切手等を利息をとらずに手元の現金と交換してやり、その小切手等を振り込んだものもある。)のであつて、右預金通帳に基づき原告の貸金による収入金額を計算すると、別表四の収入金額欄記載のとおり昭和三八年分については一八一万一七九九円、昭和三九年分については零円となり、被告の認定は過大であることが明らかである。

かりに、右昭和三八年分の必要経費としてあげた貸倒金一一五万円が同年中の貸倒れでないとしても、昭和三九年分の貸倒れとしては認められるべきである。その場合、昭和三八年分については六万九一〇〇円、昭和三九年分については一一五五万四五五四円がそれぞれ必要経費として控除されることになる。

(原告の右主張に対する被告の答弁)

一、被告の推計計算に誤りがあるとの主張は、すべて争う。

昭和三八、三九年当時、事業所得については、貸付金の貸倒れにより生じた損失を資産損失として当該所得金額の計算上控除することが認められていたが、雑所得については、旧法一〇条二項および昭和四〇年大蔵省令第一一号による改正前の同法施行規則(以下「旧規則」という。)九条の一〇の規定に照らし、右のような貸倒損失を必要経費に算入するこことを認めるべき根拠規定を欠いていたのであつて、この点に関する原告の主張は、とうてい首肯しえない。

そうでないとしても、原告が貸倒れになつたと主張する貸付金については、原告がその債権を放棄する旨各債務者に意思表示をしたのは、いずれも昭和四一年五月のことであつて、本件係争年分の所得金額の計算においてこれを貸倒損失として控除することはできない。

二、本件所得の計算に関する原告の主張はすべて争う。

第三証拠関係

(原告)

甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし五、第四号証の一ないし一〇、第五号証、第六号証の一、二、第七、第八号証、第九号証の一、二を提出し、証人鄭三圭、同岡本裕、同小松秀吉、同手塚明治の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、第三号証の一、二、第四号証の成立は不知と述べ、その余の乙号各証の成立を認めた。

(被告)

乙第一ないし第二四号証(ただし、第三号証、第五ないし第二三号証は各一、二)を提出し、証人手塚明治、同丸森三郎、同得能安治の各証言を援用し、甲第一号証の一、二、第四号証の一ないし一〇の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、請求原因一の事実(本件各更正およびこれに対する不服申立ての経緯等)は、当事者間に争いがないので、つぎに本件各更正の適否について判断をすすめる。

二、まず、原告は、その昭和三八、三九年分の所得として、いずれも配当所得、不動産所得、給与所得があり、その各所得金額は、それぞれ原告の確定申告額(別表一参照)どおりであることおよび原告は、右両年中において、その金額等は別にして金銭の貸付けを行ない、それにより利息収入を得ていたが、被告主張のように、右金銭貸付けによる所得(本件所得)金額の計算上必要な帳簿書類等は備えていなかつたことは、当事者間に争いがない。

したがつて、被告としては、原告の金銭貸付けによる所得を推計によつて把握するほかないというべきであるから、つぎに被告がその主張のような雑所得金額の認定をした推計方法の適否について検討する。

三、原告が昭和三八、三九年分の各期首、および期末に別表二、三の各〈1〉〈2〉記載金額のような資産および負債を有していたこと(もつとも、原告は、そこに掲げられている貸付金の一部が貸倒れになつたことを主張しているが、その主張の当否については後記のとおりである。)は、当事者間に争いがなく、右両年中の原告の生計費については、原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。そして、原告は、前記配当所得、不動産所得、給与所得のほかは、被告の調査した金銭貸付けによる利息収入以外に所得の源泉となるような事実の存在について何らの主張立証をしないのであるから、右両年分とも、それぞれその年中の資産、負債の増減により算出された純資産の増加額に費消された生計費を加算して得られた金額から前記配当所得、不動産所得、給与所得の合計金額を差し引いた金額につき、これを右の利息収入による所得と推定することは、所得の認定方法として合理性があると認めるべきである。

してみると、結局、右所得に関する争点は、第一に前記資産、負債の計上に脱漏があるか否かの点と、第二に本件所得の種類および貸倒金に関する双方の主張の当否の点につきるので、以下順次これについて判断する(なお、原告は、本件所得につき自ら独自の計算方法を主張しているが、その利息収入の計算の根拠については、これを是認するに足る何らの証拠もないので、とうてい採用の限りでない。)

四、(資産、負債の計上洩れの有無について)

原告は、別表二、三に記載された資産、負債のほか、昭和三八年初期において三菱銀行千住支店に七〇〇万円の無記名預金を有し、また昭和三九年中に友人から六〇〇万円の資金の借入れをしていたと主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に添う供述部分もあるが、右預金および借入れの事実は、文書による立証が容易であると考えられるのに、これを裏付けるに足る何らの証拠も提出されていないから、右供述部分は、にわかに措信することができない。したがつて右主張は、採用できない。(附言するに、前記のように、原告には配当所得、不動産所得があることは争いのないところであるが、有価証券や土地家屋等の資産についての増減はなかつたのか、また昭和三九年期末にのみ未収利息が一件だけ計上されているが、他の期首、期末には存しなかつたのか、貸付金のうち貸付先「その他」とあるのは何口分をまとめたものであるか等の疑問が生ずるが、これらの点については双方何らの主張、立証もなく、右のような資産、負債の計上がただちに不合理であるということもできない。)

そして、前記資産、負債の増減状況および費消された生計費より原告の金銭貸付けによる所得金額を算出すると、被告主張のとおり昭和三八年分については五二一万五〇二五円、昭和三九年分については一四五三万八〇五七円となることは、計算上明らかである。

五、(本件所得の種類および貸倒金の控除について)

まず、本件所得が、原告主張のように事業所得に当たるかどうかを検討する(もつとも、昭和三八年分の所得金額の計算上は、かりに原告主張のとおり貸倒金の控除を認めるとしても、その主張する貸倒金額は、一一五万円にすぎないから、これを差し引いても当該所得金額は四〇六万五〇二五円となり、前記更正の認定金額二三七万九五七〇円を下まわることにならないから、この点を争うことは、訴訟上無意味なことである。したがつて、以下の検討は昭和三九年分の所得について行なう。)。

ところで、原告が、昭和三八、三九年の期首、期末において、別表二、三記載のとおりの貸付金債権を有していたことは、当事者間に争いがなく、前記のとおり、原告の金銭貸付けによる所得金額は、昭和三八年分については五二一万五〇二五円、昭和三九年分については一四五三万八〇五七円であるから、これを原告の他の配当所得、不動産所得、給与所得等の金額と比較すると、総所得金額中大きな割合を占め、貸付けの頻度も相当回数にわたつていることが推認される。

しかし、当該金銭の貸付行為が所得税法上事業所得の源泉としての「事業」に該当するかどうかは、それが、同法の法意(法二七条、同法施行令六三条、旧法九条一項四号、旧規則七条の三参照)に照らし、社会通念上事業と称するに足る実体を有するか否かを諸般の状況を総合勘案して判断すべきであつて、貸付けの回数、金額、利息収入金額等の大小も右判断の重要な要素であることは否定できないが、他方それのみによつて決しうるものでもない。

そして、証人手塚明治の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、証人岡本裕、同小松秀吉、同手塚明治、同鄭三圭の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

原告は、二〇才の頃から塗装業を営み、昭和一六、七年頃会社組織にして、以来その代表取締役の地位にあり、これをもつて生業としてきたこと、原告がいつごろから他人に対し金銭の貸付けを行なつていたか詳らかでない(本件証拠上は、前記貸付行為のほか、昭和三一年頃手塚明治に対し約三〇万円貸し付けたことがうかがわれるにとどまる。)が、その貸付先は、いずれの場合も知人もしくは知人に紹介されて知り合つた者に限られ、また、一、二の者に対する貸付けは別として、その他の場合は、いずれも貸付けに際し、約束手形の振出しを受けるだけで担保権の設定を受けておらず、支払期限に支払いが得られないときも、ほとんどの場合約束手形の書換えを求めるにとどまつている(ただし、その場合、利息の支払いもないときは元利合計金額を貸付元本とすることが多かつた。)こと、貸付資金は、一部金融機関等から借り入れたものがあつたとしても、大部分は自己資金によつてまかなわれていること、原告は、貸金業の届出をしておらず(この事実は当事者間に争いがない。)、また、貸金管理のために通常必要な帳簿等を備えていたわけでもなく、その必要も感じていなかつたこと、貸金のための宣伝、広告を行なつた事実もないこと、以上の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中右認定に添わない供述部分は、たやすく措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右のような状況を合わせ考えると、原告の行なつた金銭貸付行為は、これを全体としてみても、いまだ、営利のため、不特定の者に対し、一個の独立の企業として、有機的、継続的に遂行されたものとは認め難く、金融業としての社会的実体をもつたものとはいえないから、これが所得税法上の事業に該当するとは認めることができない。したがつて、本件所得は旧法九条一項一〇号にいう雑所得に当るというべきである。

そして、原告の貸金上生じた貸付金元本の貸倒れによる損失は、資産損失であつて、所得税法上これを必要経費に算入する旨の別段の規定がない限り、当該所得金額の計算上控除されることはないものというべく旧法のもとにおいては、雑所得につき、法五一条四項に規定されているような資産損失を必要経費に算入することを認める規定はないのであるから、原告主張の貸付金がかりに昭和三九年中に回収不能であつたとしても、当該所得金額の計算上これが控除されるべき筋合いのものではないといわなければならない。原告は、旧法のもとにおいても、非営業貸金の回収不能による損失金額を必要経費に算入することは当然のことであり、法五一条四項は単にそのことを明らかにしたにすぎない旨主張するが、当らない。ただし、課税所得の範囲を定めるに当つて、資産の損失につき、どの種のものをどの程度まで担税力の減殺要因としてこれを考慮するかは、立法府の課税政策上の裁量に属することがらであり、法五一条四項の規定は、右のような立法政策の選択を示したものであつて、所得税法上の所得の概念から論理必然的に導かれたものではないからである。

六、以上のとおりであるから、原告主張の貸付金元本の回収不能の有無についてはこれを判断するまでもなく、本件各更正には、いずれも原告主張のような瑕疵はなく、適法というべきであつて原告の請求は、いずれもその理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 吉川正昭 裁判官 石川善則)

別表一

〈省略〉

別表二(昭和三八年分)

〈1〉 資産増加額

〈省略〉

〈2〉 負債増加額

〈省略〉

別表三(昭和三九年分)

〈1〉 資産増加額

〈省略〉

〈2〉 負債増加額

〈省略〉

別表四

〈省略〉

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